なぜインド料理を作ろうとおもったのか 一冊の本との出会い

インド料理を作り続けて20数年が経った。
最初はサラリーマンをやりながら、趣味で作り続けてきたが、
気が付けば南インド料理店を開業し、9年目に入った。

そもそもなぜインド料理を作ろうと思ったのか?
なんどり店主がその原点を掘り下げるシリーズ。

ナンが美味しい店

私はESDに参加するようになって、インド料理をアジャンタで初体験、その後他のインド料理店にも連れて行ってもらった。
このころインド料理店といえば、パンジャーブ、ムガール料理のお店のほうが圧倒的に多くて、南インド料理店のお店はほとんどなかった。
1990年ぐらいだと、アジャンタ、ナイルレストランぐらいかな。あとは、アショカですこーしだけ南インド料理があったと思う。片手でも余るぐらいの店数だった。
そういう状況だから、このころは地域毎に料理が違うとかいったことを知っている人というのはごくごく一部の人以外知らなかったといえる。
たしかアジャンタの次に行ったお店は、サムラートだったと思う。このころからサムラートは、支店をどんどん出してきて一時代を築いたように思う。
その中でも渋谷店はよく行った。
たしかナンが食べ放題だったとように記憶している。
インド料理といえばナン。それがデフォルトだった。
甘めでスムーズな口当たり、上に生クリームがまわしがけられたバターチキンに、バターのほのかな甘い香り漂うナンをつけて食べると最高だった。

「ナンはここが一番だよ。食べ放題だしな」

と、同行メンバーの誰かが言ったのを覚えてる。うんうん言いながら私もナンをばかばか食べていたものだ。
それからラージマハルもわりと行ってたと思う。
やはりこちらも渋谷にあった。現在は閉店となって銀座店だけになってしまったようだ。
高級な感じだけだけど、それに見合って料理のほうは重厚感があってうまかった。
1990年後半ぐらいになると、シディークにもよく行くようになった。
最初は四谷にお店があって、ESDのメンバーも料理が美味いということでよく行った。
シディークは町屋に支店を作ってから、店舗数が増えてきた。結構いろいろなところに出店していたとおもう。

ESDでの食べ歩きは楽しかった。報告レポートとして、ESDのホームページもいち早く作っていたし、初めのころは行ったお店と参加メンバーだけ記録していたものだが、パーソナルユースの最初のデジカメ、カシオのQV-10が発売となるや、料理の写真撮影を行い、参加メンバーの感想を乗せるようになっていった。
ぐるなび、食べログ、個人ブログなどはなかった時代である。
自前でサーバーを用意するかして、そこに直接HTMLを駆使してページを作っていた時代である。

一冊の本との出会い

食べ歩きとともに料理関連の本を読むのも好きだったので、時間があるときは
神田神保町に行って、めぼしい料理本がないか頻繁にチェックしていた。
1999年のいつだったか忘れたが、いつものように神保町の書泉グランデの地下一階の料理関連書籍のコーナーを物色していたら、
ある一冊の本が目に留まった。平積みされていたその本の題名には…

「誰も知らないインド料理」

と書かれていた。著者はクッキングスタジオ「サザンスパイス」にてインド料理を教えている、渡辺玲さんだ。現在までに多数の著書もあり、料理教室で生徒が独立開業、繁盛店のオーナーになった人も多数いらっしゃる。
活動の詳細はこちらを見ていただきたい。
その渡辺さんが最初に書き下ろしたのが、この「誰も知らないインド料理」である。

期待値MAXで、手に取ってパラパラめくってみる。

「おぉ!! 南インド料理のことがかいてあるじゃん!」

アジャンタで南インド料理を食べてから、もっと南インド料理について知りたいと
おもっていたところだったので、これはナイスタイミングだ。

こりゃいかん早く読みたいッ! ということで、レジで会計すませて
急いで家に帰った。
家に帰ってから、夢中で読んだ。
ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

この本は、基本インド料理のレシピ本なのだが、
初めの4ページ程はカラー写真があるだけで、出来上がりの料理写真がなかったのが
惜しい。
しかしながら、レシピはかなり細かいことまで詳しく書かれているので、
手順に従えば、インド料理初心者でも美味く作ることができる。
なんといっても、南インド料理のことを大々的に取り上げていたのが
大きい。ちなみにこの本が出る前は、浅野哲哉さんが書かれた「インドを食べる」という素晴らしい
本が存在していたが、私はこの時点ではその本については知らなかった。
「インドを食べる」はレシピ本ではないが、インド各地を旅しながら、出会った人々、街の風景、そして食事についてイラストを入れながら
詳細に記していて、南インド編ではミールスやティファンの紹介もバッチリされている。必読である。
そういうことから「誰も知らないインド料理」は、南インド料理を紹介にとどまらず、多数のレシピ付きで書かれた
初めての本といえる。

その日は興奮しっぱなしだった。

「南インドって主食が米なんだ! ナンてこったい!」

だじゃれを言ってる場合ではない。
アジャンタで南インド料理を食べて、ちょっとは知ったような顔していたのが
恥ずかしい。
しかもナンで料理食べていたなんて…やっぱり米か。
日本人も米だしな。

最初に作った料理

それからというもの、毎日のようにその本を隅から隅まで熟読した。
ちなみにこの本は南インド料理のことを大々的にとりあげているが、それだけではない。
全体的には北インド料理のことのほうがページ数が多く、それを読むと我々がいかに
インド料理のことを知らないのかというのがわかる。それぐらい内容が濃い。
インド料理を初めて作る人には、どうやって接すればよいかがとても丁寧に
書かれている。
そういうことだから私も当然作ってみようということになるわけだ。
ほとんど自炊なんてしたことがなかったので、ちょっと不安はあったけど、
やってみないことには始まらない。

まずはスパイスを買ってこなくてはならない。
当時はスパイスを買うとなると、御徒町の大津屋に行くか、アメ横の野澤屋
がよく知られたところだった。アンビカや大久保のナスコができる前の話である。
最初に作る料理は決めていた。当然南インド料理。ラッサムだ。

アジャンタでESDの連中と食事をしていたときに、ごくたまにラッサムを注文するメンバーが
いて、そのときは辛くてスパイシーなトマトスープというイメージがあった。
ラッサムだったら、ごはんにかけてお茶漬けみたいにも、スープとしても飲めるし、
具材もトマトとニンニク、あとはタマリンドとスパイス少々あればいいので、初めにしては
いいかとおもった。
ただし南インド料理でよく使用される、カレーリーフとヒングについては、このころは入手に難があった。
一応カレーリーフは、乾燥したやつだけは大津屋で買えたが、正直良いとは言えない。
ただし贅沢は言えないので、あるだけマシだ。
ヒングに関しては、売ってはいたんだけど、ターメリック色が強くてヒング独特の
香りというものはなかった。もっともこの時点ではそれについてはわからなかったのだが。

とりあえず必要なものもそろったし、さっそく作ってみよう。
レシピの通りに忠実につくってみる。
そうして出来上がったものを一口飲んでみて

「おぉ…これがラッサムか」

ふむふむなるほど…アジャンタで食べたラッサムとは味は違うが、まともに初めて作った最初のインド料理ということで
ちょっとだけ感動したのを覚えている。
それからしばらくはラッサムばかり作っていた。生のトマトを使うので、トマトの質のよしあしで味が大きく変わった。
そういった質のことを考慮しないで、レシピの分量通りにやっているものだから、味が変わるのも不思議ではない。
ラッサムの次に作った料理は、キャベツのポリヤルだった。
誰も知らないインド料理に出会う前は、カレーの延長でインド料理を考えていたので、こうしたおかず的なものが
とても新鮮かつとてもワクワクしたし、インド料理なんだということを実感し始めていた。
そうしてなんども作ってみて、自分でも作れるんだという自信みたいなものが芽生え始めていた。

とりあえず今回はここまで。

次回は…

ついにインド料理の世界に踏み出した。
南インド料理のことばかり考える毎日…
そして出会った、運命のお店…

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