なぜインド料理を作ろうとおもったのか プロローグ

インド料理を作り続けて20数年が経った。
最初はサラリーマンをやりながら、趣味で作り続けてきたが、
気が付けば南インド料理店を開業し、9年目に入った。

そもそもなぜインド料理を作ろうと思ったのか?
なんどり店主がその原点を語る。

エスニック食べ歩き

時はバブル時代、1989年までさかのぼる。
エスニックブーム真っ只中だったと思う。
私はそのころ、ITベンチャー中小企業に勤めていた。
まだインターネットが一般的に普及する前の時代、
パソコン通信全盛のころに、アスキーネットで知り合った仲間達と毎週土曜日は
エスニック料理の食べ歩きをしていた。
エンゲル係数向上委員会ソフトウェア分科会、ESDと名付けられたその集団は、かならず毎週土曜日には固定メンバーと
数人のゲストとともに、いろいろなエスニック関連の食べ歩きをしていた。
メンバーの多くはIT関連の人が大部分で、プログラマやSE、ITの出版会社の人達で構成されていた。
当時はIT業種は勢いがあって、仕事もたくさんあったし潤っていた。
かわりに仕事量がはんぱじゃないので、結構遅くまで仕事をしていて、夜中までやることも日常茶飯事だった。
皆若かったこともあって、徹夜もしょっちゅうあった。
そういう不規則で不健康な生活になりがちなので、食事ぐらいはまともなものを食べようということで、結成されたんだと思う。
刺激物を摂取して、体に活をいれなければいけないということなのか、
エスニック料理を求める傾向があるようだ。
特にアジア系のお店はよく行ったものだ、インド料理、タイ料理、ベトナム料理、カンボジア料理、中国料理…特に四川料理、ミャンマー…

アジャンタで南インド料理初体験

そういった中でも、特に好まれたお店がある。
麹町にある南インド料理専門店「アジャンタ」だ。
当時は超人気店で、私が仕事を早じまいしてお店に19時ごろについてみると、かならず並んでいた。
それでもわりかし回転がよかったから、すぐに入店できたんだけどね。

この店に関しては、水曜日にもちょくちょく行っていたし、年末の年越しアジャンタなんてのもやってたな。
このころはお店の向かいに日本TVがあったこともあって、24時間営業というすさまじい営業時間。
夜中だろうが、誰かしら食べているような状態だった。

そして私がインド料理を初めて食べたお店でもある。
このお店にくるまでは、インド風カレーを食べたことがあるにすぎなかったので、
初めてアジャンタで食べた時には、衝撃を受けた。

「いやー…辛いなッ このチキンカレーはッ!」
「汗が…とまらんッ」

汗がダラダラとソファに滴り落ちる。
それは自分だけではない。周りを見渡すと、額に汗の粒がブワッと浮き上がった人達がちらほら。
基本的な味は変わらないんだけど、辛さが毎回違っていて、今週はそうでもないなと
おもいきや、翌週行ったら倍ぐらい辛いなんってことが結構あった。
スパイシーでガツンとくる味! 癖になる。

「南インド料理って辛くてサラサラしているんだよな」

一緒に行ってる誰もが南インド料理ってそういうもんだと思っていた。
しかもアジャンタで食べているものが、特に人気の高い(辛いんでね)チキンカレー、マトンカレー、キーマカレーの3種類をローテーションしつつ、
ライスじゃなくてナンと一緒に食べるというね。
時々ふんぱつして、タンドリーチキンもつけたりしてました。
あと、キーマピラフやマトンブリヤニなんかもイケてましたよ。

アジャンタがインド料理初体験だったけど、その後には、マハラジャとかサムラートといった、いわゆる北インド料理といわれるお店で
甘めでスムースな口当たりのバターチキンとナン、タンドリーチキンなんかも堪能しておりました。

「インド料理っていったらナンだよなッ」

そんな感じでしたよ、当時は。

長くなってきたので今回はこれまで。

次回は…

時は流れて10年、エスニック食べ歩き道も極まりつつある中、
神保町の書泉グランデで手に取った一冊の本によって歯車は動き出す…

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